将棋ソフトから見る昨今の女流棋士の急激な成長

棋士ランキング(レーティング)のレーティング最下位は誰でしょう。

長きにわたってこの問の答えは「女流棋士」だったのですがそれも今は昔。2018年になってから女流棋士はそのレートを80超上げる急激な成長を遂げ、レーティング最下位の座を脱出しています。

確かに、女流棋士界で不動の王者である里見女流四冠の男性プロ棋士成績(巷でいう公式プロ棋戦)での勝率は3割弱であることを考えると、男女プロ棋士間に大きなレート差があることは間違いないでしょう。

とはいえ、同じ負けでも完敗と惜敗がありますし、年に数局しか組まれないカードだけで判断するのも早計というものではないでしょうか。そこで本稿では女流棋士棋譜を将棋ソフトを用いて解析することで、女流棋士の近年の成長を見ていきたいと思います。

 

【悪手率は大差ない】

今回はQhapaqを使って里見女流四冠の棋譜を解析してみました。Qhapaqを用いて手が指された前後の評価値の差を計算しその差分(悪手率)を見ることで、各プレイヤーがどの程度の割合で悪手を指すかを可視化しています。解析条件は豊島棋聖と永瀬七段の棋譜を解析したときと同じです。計算して得られた悪手率の比較(豊島棋聖、里見女流四冠と其々の対局相手の平均)がこちらです。横軸が手を指す前の評価値で縦軸が悪手率です。基本的に値が小さいほど悪手が少なく強いことになります。

 

f:id:qhapaq:20180922135548p:plain

 

驚くべきことに、里見女流四冠の悪手率はプロ棋士で最強クラスのレーティングを持つ豊島棋聖とほぼ同じとなってます(*)。

 

(*) 詳細は省きますが点数ごとの悪手率だけでなく、全局を通じた悪手率の平均も大差ありませんでした

 

【一致率によるレーティングの再評価】

 悪手率だけで強さを見積もると、強さの順位は、豊島棋聖≧里見女流四冠>里見女流四冠対局相手>豊島棋聖対局相手となります。ただ、これは今までの対戦成績から来る予想とは大幅に異なります。各種棋戦でシードを持つ豊島棋聖の対局相手はプロ棋士の中でもかなりの上位棋士であること、里見女流四冠が昨年参加した奨励会三段で負け越していることを考えると、豊島棋聖>豊島棋聖対局相手>里見女流四冠>里見女流四冠対局相手となる方がより自然であると考えられます。

 

そこで、悪手率の代わりに手の一致率も比較してみることにしました。

 

・豊島棋聖:54.0%(15036/27842)

・永瀬七段:52.3%(8954/17106)

・豊島棋聖対局相手:51.6%(14348/27761)

・永瀬七段対局相手:51.4%(8704/16923)

・里見女流四冠:50.3%(4171/8290)

・里見女流四冠対局相手:50.2%(4163/8290)

 

一致率ベースの解析のほうが、悪手率よりも結果がより信頼できる印象を受けます。

 

【里見女流四冠の成長】

里見女流四冠の此処最近の躍進に敬意を払い、里見女流四冠の2014年以降の棋譜とそれ以前の棋譜で一致率を比較した結果がこちらです。

 

・里見女流四冠(2014-):50.3%(4171/8290)

・里見女流四冠対局相手(2014-):50.2%(4163/8290)

・里見女流四冠(-2014):48.8%(3318/6795)

・里見女流四冠対局相手(-2014):45.7%(3111/8290)

 

こうして比較すると里見女流四冠の此処数年での成長の著しさを見ることが出来ます。また、対局相手である他の女流棋士も成長をしている(ただし、2014年以降の棋譜には奨励会三段の棋譜が含まれるため、相当な底上げもされている)ことが示唆されています。どのぐらい強くなったのかを定量的に見るのは困難ですが、豊島棋聖や永瀬七段の勝率と一致率から予想するに、レートに換算して100は上がってるのではないかなと思います(これは正直ほぼ妄想ですが)。

 

【筆者によるポエム】

追記:将棋より数年先にソフトによる研究が隆盛しているチェス業界に於いて、新しい測定方法が示唆されたようです。次はこの手法を取り入れたレーティングをやってみたい所....です。

 残念ながらチェスの考察はvalidationがしっかりしていない、アルゴリズムの詳細が公開されていないなどハズレしか見つからなかったため諦めました。ただ、chess.comの考察でも一致率は使われており、推定レートと良い相関を示しているので一致率ベースの解析は基本路線として悪くないと考えられます。

 

YSSの研究でアマチュアのレート測定に絶大な効果をもたらしていた悪手率測定がプロ棋士のレート測定では脆弱である可能性が示唆されました。今回の研究の結果を見ると、悪手率よりも一致率のほうがプロ棋士のレート測定には適しているように見えますが、一致率こそ戦型の依存性が強いのではないかと考えていたので正直意外です。

豊島棋聖の研究でも、上位棋士は相手がソフト指ししてもジリ貧になるような戦型へ相手を誘導することに長けていることが示唆されているので、ソフトを用いたレート測定はまだまだ難点が沢山潜んでいそうです。

 

【宣伝】

技術書典5にQhapaqも参加し「科学するコンピュータ将棋」シリーズを販売します。今回から、LTSバージョン(数式やモデルなどを中心とした教科書的な解説)とQha学習バージョン(1年後にはゴミになってるかも知れないが、今流行している技術)をお送りいたします。詳細な宣伝ページは来週頃作る予定ですが、LTSは700円(そして前作購入者は無料)、Qha学習は300円を予定しています。

 

【宣伝2】

二次元婚活エンジンを作りました。16個の質問に答えることで、脳内で想像した二次元キャラをあてたり、オススメの二次嫁を教えてくれるサービスです(質問を心理テストに絞ったakinatorのようなものだと思うとわかりやすい)。現在絶賛教師データ募集中です。是非遊んで教師データを増やしてください

 

 

【宣伝3】

Qhapaq Research Labでコンピュータ将棋まとめwikiの作成を進めています。まだまだ記事を募集していますのでぜひご協力ください。