振り飛車最強決定戦(本戦) in Qhapaq

※ この記事は 振り飛車最強決定戦(前哨戦) in Qhapaq - qhapaq’s diaryの続編です

前回の記事で三間飛車(2手目32飛)、四間飛車ゴキゲン中飛車、角交換四間飛車の勝率を測定してみた結果、序盤の角交換をQhapaqは良くないと思っていること、振り飛車における肝は振り飛車側が如何に開戦のタイミングを握るかであることが予想されました。

しかしながら、今まで調べた戦型では振り飛車の勝率は全て40%前後であり、振り飛車は不利という定説を覆すには至りませんでした。そこで、本稿ではこうした傾向をベースに、数ある振り飛車戦略の中から振り飛車側が戦えそうな戦略を更に抽出、検証していきます。

 

0.向かい飛車とダイレクト向かい飛車の検討を忘れてた

345筋に飛車を振って満足していましたが、向かい飛車も検討するべきでした。

 

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向かい飛車。余談ですが私が最初に覚えた将棋の戦形は向かい飛車です。

勝率:801-43-519 (39 %) 左翼を守るために離れ駒になった金が腐る展開になりやすいようでした。中飛車と同じですね。

 

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 ダイレクト向かい飛車。NHKの佐藤千田戦は本当にエキサイティングでした。

勝率:1286-39-813 (38 %) 角交換系の例にもれず振り飛車の勝率は悪いです。居飛車側の攻め駒が豊富すぎてとにかく攻めを受け止められない展開になりがちです。

 

ここまで見てきたように、振り飛車の序盤形では振り飛車の不利を覆すことができませんでした。ならば、しょうがありません。人間の棋譜からもう少し進んだ局面を用意しましょう。

 

1.初期局面から10手以上進んだ定跡局面を使う

ほぼ無限と言ってもいい振り飛車戦略の中から何を選べばいいかはよく解らなかったので、今までの研究で示唆されてきたこと(相手に攻めのタイミングを握らせないのが鍵)をある程度満たす、振り飛車戦略の中から、タイトルホルダーの棋譜を使って検証してみることにします。

 

四間飛車穴熊

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初期陣形は広瀬穴熊より引用。66銀からの持久戦が苦手と聞いていますが。。。

勝率 292-21-192(39%):四間飛車穴熊対策でよく書かれている66銀型に持ち込まれ、そのまま作戦負けする棋譜が多かったです。人間とコンピュータの読みが一致したのに少し感動しました。

 

藤井システム

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銀河戦の船江 vs 藤井戦より引用。研究者の例にもれず、私も藤井ファンです。

勝率:1072-48-1069(50%) そう、藤井システムこそQhapaqが思う最強の振り飛車システムなのです。次章でもう少し細かく解説します。

 

2.藤井システム棋譜の評価値

 勝率が高い振り飛車戦略というと最初に疑わなければならないのが、この初期陣形になる前に、居飛車が悪い手を指しているのではないかということです。

しかし、Qhapaqの検証によれば、藤井システムの初期形までに居飛車があからさまな悪手は指していないようです。というのも、上図の初期形のQhapaqでの評価値(4コアPCで2分程度検討)は200程度の先手良しであり、四間飛車の初期陣形(76歩、33歩、26歩、44歩、48銀、44飛)の評価値(180程度で先手良し)とさほど変わらないからです。以下、実際にどんな棋譜が出てきたか簡単に紹介したいと思います。

 

3.居飛車藤井システム対策の検証

77角なので穴熊での持久戦に絞って検証します。

# コンピュータ的には35歩からの急戦も有力だそうですが(Qhapaqに検証させると66歩、88玉、35歩が主な候補手となる)

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さて、藤井システム穴熊模様を撃破するとなると、船江藤井戦のような桂馬を85に単騎で跳ねる展開を期待しがちですが、Qhapaqで特によく見る局面は上図に出てくるような美濃囲い+端歩攻めという超古典的陣形です。この局面の評価値も200弱程度先手が良いと言っていますが、実際の勝率は5割程度でるようです。

Qhapaq藤井システムの対穴熊陣形で特に目立つ(桂単騎跳ね急戦以外のほぼ全ての対穴熊に言えること)のは

・銀冠にはしない。美濃のまま戦う

・54に銀か金を配置する

という点です。

 

ここから予想するに(あくまで私の勝手な予想ですが)

藤井システムを見せることで66銀型の穴熊を妨害する(57の銀を腐りやすくする)

・角道を塞いできたら美濃囲い+腰掛け銀でコビンをカバーしながら玉頭の戦闘準備を整える

穴熊に対する玉頭攻め vs 美濃囲いに対する横からの攻めの構図に持ち込むことで防御力の差を無力化する

と言った戦い方が、Qhapaqが思う、勝てる振り飛車側のストーリーのようです。

 

4.結局なんで勝てるの?

評価値が似たようなものであるにもかかわらず、勝率に大きな差がでる理由として、特にありそうなのが「コンピュータの評価軸が誤っている」、「読みぬけが生じやすい局面である」です。

前者(コンピュータが特定の局面で判断を誤る)についてはまふ氏の検証(アマチュアなどの棋譜を元に従来のコンピュータ定跡よりも強い定跡を作ってる方)でも示唆されています。しかし、今回の検証は手がバラけやすいように持ち時間を調整(0.1-2秒)しているため、評価関数の質に起因するミスはある程度緩和(流石に10%も差は出ないと思う)できていると思われます。

となると考えられるのが、居飛車側が読み抜けしやすい展開が多いという話です。枝の複雑さは評価値にはなかなか出にくいですが、コンピュータも、人間同様に自分の手の読みぬけが致命傷になる、いわゆる”苦労の多い展開”では読みぬけの確率が上がるので、評価値外の実力差の要素には成り得ます。

 

5.藤井システムを指しこなすコンピュータの難しさ

ここまで来ると、藤井システムを指しこなすコンピュータ(またはその定跡)を作りたくなります。しかし残念ながら、藤井システムの良さが評価値に出ないためコンピュータによる自動調整は難しいです(過去に量子ガシャを試したときも居飛車穴熊相手に穴熊を組みたがる傾向が強かったですし)。また、初手からの手数が長いため、人間が手動で棋譜を食わせようとしてもその変化が膨大になってしまいます。

 

ただ、こうした知見は局面をニュアンスで判断できる人間には有益な話だと思います。コンピュータは人間を遥かに凌駕した計算力で局面を判断するため、人間との読み筋の違いが取り沙汰されますが、枝狩りの考え方などは人間にも近いところもあります。コンピュータ同士の自己対戦から、勝ちやすい戦型を探すことは人間の棋力向上に役立つのではないでしょうか。

 

6.次回予告

さて、コンピュータに指させることができるかは別にしても、藤井システムを使えば振り飛車も戦えそうという結論が得られたため、振り飛車戦型探索は再びお休みに入ります、

 

次回からは、「エンジニアこそテニミュを見に行くべき」と題しまして、ひたすらテニミュの面白さを紹介していきます。

 

テニミュの話だけしかしないと、将棋大好きな皆様は記事を読んでくれないでしょうから、人間のスパーリング相手になるコンピュータ将棋の理論とその実装についても少し触れる予定です。