将棋が強くなりたいならとにかく詰め将棋をやれ仮説

「将棋がどうやったら強くなるか」は将棋指しにとって長年の議題であると言えましょう。将棋が強くなる方法論にフォーカスした考察は詰め将棋や戦型の解説本に比べれば数は少ないものの、昭和から令和まで続く一大コンセプトになっています。

 

将棋の勉強方法として最も長く親しまれているのは詰め将棋でしょう。多くの詰め将棋本が棋力向上を謳っていますし、今最も熱い棋士である藤井聡太七段も詰将棋解答選手権を5連覇中であると同時に、詰め将棋に立脚した終盤の正確さに定評があります。

 

一方で、詰め将棋が棋力向上に本当に役に立つかについては、長らく懐疑的な意見もでています。最近の有名な記事でいえば若手強豪の一人である増田六段がマイナビのインタビューで挙げた「詰め将棋意味ない説」あたりが解りやすいです。

 

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詰め将棋が意味があるのか、ないのか。はたまた、将棋は終盤勝負なのか、序盤や中盤の作戦勝負なのか。記事を調べれば調べるほど頭がこんがらがるこの問題を、今回はコンピュータに聞いてみたいと思います。

 

【解析方法】

インターネット対局の棋譜に対して、棋力別、局面の進行度別にコンピュータ将棋を用いた手の評価を行いました。各盤面でコンピュータが導き出した最善手の評価値と、実際に指された手の評価値の差分を悪手度とし、棋力毎にどういった局面で悪手を指しやすいかを評価してきます。

 

【悪手度とレーティングの相関】

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横軸が段位から推定されるレーティング(強さ、右に行くほど強い)で縦軸は悪手度(上に行くほど悪手が少なくて強い)です。初手から40手目まで(序盤)、40手目から80手目まで(中盤)、80手目以降(終盤)の悪手度をプロットしたものです。

 

棋力はレーティング1500ぐらいでアマ初段、レーティング3000を超えるとセミプロ〜プロと言われています。

 

さて、このグラフを見るとアマ初段ぐらいまでは序盤の悪手度が高いことが解ります。初心者のうちは序盤の重要な定跡を覚えておらず、序盤で大ポカをしてしまう危険があることを示唆しています。多くの戦型解説書が「アマ初段ぐらいまで」をターゲットとしてるのは極めて理にかなってると言えましょう。

 

中盤、終盤の悪手度を比べると、中盤は棋力向上に対して改善が緩やかなのに対し、終盤は急激に良くなっていくのが解ります。特に注目するべきはプロレベルになってくると、中盤の悪手度は終盤の悪手度とほぼ並ぶ点です。増田六段がインタビューで述べてた「詰め将棋は意味ない」というのは「詰め将棋は(プロレベルになって以降は終盤よりも中盤のミスのほうが響くことが多いので相対的に)意味ない」ということだったのかも知れません。

 

【詰め将棋で上がる勝率は1〜2割?】

さて、プロレベルの人間を除けば将棋のミスの最も大きな部分が終盤にあることが示唆されました。では終盤における詰め将棋の重要度はいかほどなのでしょうか。本稿ではこれを「詰め将棋が完璧なら勝てた対局の割合」を用いて評価していきます。

より具体的には、相手玉に詰みがある局面で手を間違えて自分が不利(評価値-2000以下)な局面にしてしまった対局 + 自分が有利な局面(評価値+2000以上)で手を間違えて自玉が詰みになってしまった対局の割合を段位毎にプロットしていきます。結果がこちら(横軸がレーティング、縦軸が詰め将棋が完璧だったら勝てた試合の割合)。

 

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驚くべきことにも(?)アマ数段レベルに至るまで、詰め将棋が完璧ならば勝てたであろう試合は1割程度あるという予想が得られました。

 

この勝率変化をどう捉えるかは人次第なところではあると思いますが、棋譜ビッグデータ解析(?)をする限りでは、「プロ級でない限りは詰め将棋をとにかくやれ」が結論のようです。