将棋の先手勝率=52%に騙されてはいけない

Qhapaq アドベント将棋記事15日目

将棋における最初の勝負所は「先手を引くか後手を引くか」といえましょう。先手に戦型の選択権があり、後手のほうが苦労が多いのは人間でもコンピュータでも同じです。コンピュータ将棋では、先手の勝率は約6割あります。故に振り駒の時点で勝った側がガッツポーズをすることだってあります。

しかし、これはあくまでコンピュータの話です。コンピュータは人間に比べ戦型の好みが一つのものに偏りやすく、小さな違いが大きく評価される傾向にあるだけに過ぎません。実際、プロ棋士の将棋では先手の勝率は約52%であり、これは将棋の優れたゲームバランスを示唆するものでもあります。

 

と、思われてきました。が、違うと思います。本稿ではプロ棋士の後手勝率も実効的には4割ぐらいしかない45%弱である仮説をデータを駆使して紹介したいと思います。

2020.07.29、記事の誤っていた部分を修正+藤井棋聖に関するデータを追加

 

【プレイヤーの強さの差を無視している】

棋士全体の先手勝率から先後のバランスを考えることの致命的な欠点は、プレイヤーの強さの差を無視していることです。思考実験として筆者と羽生善治九段とで100本勝負をしてみましょう。先手後手は対局毎に入れ替えるとします。先手勝率はどうなるでしょう。まず間違いなく、50%になります。先後の有利関係なしに実力差がありすぎて、羽生九段が100-0で勝つからです。勿論、プロ棋士は筆者よりも遥かに高いレベルでしのぎを削り合っています。とはいえ、プレイヤーの強さの違いを無視するのは流石に問題があると言えましょう。全く実力差がないのであれば、約30年間も7つ(8つ)しかないタイトルを一人の棋士が握り続けることはまずないでしょう。

 

【プレイヤーを固定して、先後に由来するハンデを測定する】

そこで本稿では、プレイヤーを固定して、そのプレイヤーの先手/後手の勝率差がどのぐらい出るかから、先手がどのぐらい後手に対して有利かを測定してきます。幸いプロ棋戦では先後の決定に段位などの序列を用いることはないため、先手のときだけ強い相手と戦うといった現象は起こらないと言えます。

 

本稿では加藤一二三九段、羽生善治九段、渡辺明二冠、藤井聡太棋聖の先手、後手毎の勝率を測定していきます。なお、これらの棋士について全ての棋譜を集約できたわけではありません。特に古い棋譜の抜けが激しいので、加藤九段の勝率は実際よりも低く見積もられています。なお、特定の時期の棋譜が抜けることは上記仮説には影響がでないと考えています。

 

【レーティングに換算して60ぐらい損している】

加藤一二三九段 = 先手勝率51%、後手勝率41.5% = 先後レート差 60

羽生善治九段 = 先手勝率73%、後手勝率66% = 先後レート差 65

渡辺明二冠 = 先手勝率 68.5%、後手勝率60.5% = 先後レート差 60

藤井聡太棋聖 = 先手勝率 86%、後手勝率79% = 先後レート差 85

 

 

時代によらず、だいたいEloレーティングに換算して70前後、損をしていることが解りました。面白いことにも、これは今のコンピュータ将棋の先手後手の勝率差(60%-40%)におよそ近い値です。

 

本研究によれば、仮に同じ強さの棋士が戦った場合の先手の勝率は60%55%ちょいになると予想されます。観戦者につきましては、より真剣な表情で振り駒を眺めるべきでありましょう。

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電王トーナメントで23試合中4試合しか先手を引かせてもらえなかったQhapaq開発者。実況やニコ生でも途中から「Qhapaqまた後手やん」と言われていたそうです。

 

【追記:どこを間違えたか】

羽生九段の強さをX、相手の強さをY、先手であるときに入るボーナスをZとすると

羽生九段先手時の勝率から計算されるレート差 = X - Y + Z

羽生九段後手時の勝率から計算されるレート差 = X - Y - Z (相手にボーナスが入る)

先手、後手間のレートの差分 = 2Z

羽生九段先手 vs 羽生九段後手のときのレート差 = Z

というわけで、先手後手の勝率から計算されるレート差を半分にする必要があるところを、綺麗サッパリ忘れていたようです。

幸いにして、勝率52%に騙されてはいけないという命題には影響がでていないものの.....これは恥ずかしい、本稿の内容をうっかり吹聴したフレンズの皆様、申し訳ありませんでした。