【今回は】データからみる長考を棋力に変換するコツ【ネタ記事】
Qhapaq アドベント将棋記事 3日目
アマチュア将棋とプロの将棋の大きな違いの一つが「持ち時間」です。例えば名人戦となると2日で9時間(アマ棋戦は長くても1時間程度)となります。中盤の構想に時間を使うべきなのか、終盤に残して詰み筋を逃さないようにするべきなのかは棋界の未解決問題の一つであり、棋士毎の色が出る要素でもあります。
結局の所、持ち時間はどう使えばいいのか。本来であれば棋士の性格や戦型に依存するというべきなのですが、本稿ではあえてこれらを無視してデータから検討をしてみたいと思います。
(今回は独自検証ではなく、YSSの研究の再利用ですが......)
(今回のネタバレ)
【持ち時間別の悪手率の解析】
本稿ではプロ棋士の手の正確さを、持ち時間別に解析することで持ち時間の使い方を考察します。手の正確さとしては悪手度を用います。悪手度とは局面毎にコンピュータ将棋が導き出した評価値と実際に棋士が指した手に対する差分を用いたものです。悪手率については前々回の記事か、YSSの研究を読むことをおすすめします(下の図面はYSSの研究記事からの引用です)。
YSSの研究ではタイトル別の各棋士の悪手度(厳密には悪手度から予測されるレーティングの差分)を計算しています。結果は以下のようになっています。
ご覧のように、2日間のタイトル戦は目に見えて棋士が強くなっているのが解ります。一方で、1日間タイトルとNHK杯とでは悪手のレベルに大きな違いがないことが解ります。
この差分はコンピュータの将棋ではありえないことです。コンピュータの棋力は基本的に持ち時間に対してlogで上昇します。即ち、持ち時間1時間、2時間、4時間のソフトがあったら、1時間と2時間の戦力差と2時間と4時間の戦力差は同じになります。
【将棋棋士はなぜ2日タイトルでのみ強くなるのか】
夜の間に考えている、体力の問題などはパッと思いつく仮説ですが、これらの仮説では1日制 vs NHK杯の違いの少なさを説明できません。1日制のタイトルでも休憩時間はあるからです。また、昨今の完全情報ゲームでありがちなコンピュータを使ったカンニング疑惑についても、大山名人などのコンピュータ黎明期の棋士についても同じ傾向がでているため違うと言えます。この問題に熟慮を加えた結果、ある仮説が浮かびました。
その仮説とは......2日制のタイトルでは夜の休憩が長すぎて一度将棋のこと忘れざるを得ないです。脚本でありがちな一回考えたストーリーが後日見直したらつまらなく見えるというものです。
過去の記事で言及したようにプロ棋戦で重要なウエイトを占めるのは中盤の大局観です。中盤は勉強量が物を言う序盤や読みの深さが肝となる終盤とは違い、感覚的な盤面評価が肝要となります。2日制のタイトル戦の多くは中盤で1日目が終わることも鑑みると、中盤の大局観を一晩おいて考え直せるというのが棋力向上に繋がっているのではないでしょうか。
ちなみにこの発想、コンピュータ将棋での実験では正しいと言われています。評価関数の小さいノイズを入れたソフト(単体ではノイズを入れないものより僅かに弱い)を複数用意して合議をさせるとレーティングが向上することが実験的に示されています。
優れた大局観を発揮するには一旦将棋のことを忘れて考え直すことが肝要である。この仮説が成り立つのであれば、1日棋戦の昼休みに考えるなどもってのほかです。ひふみんのように賛美歌を口ずさんだり、相手の背中側に立ってみたり、滝を止めようとしてみたり、ウヒョーと言ってみるほうが良いと言えましょう。ウヒョー
※当のひふみんも2日制に比べて1日制の手の精度はイマイチだったようですが...